1951-10-30 第12回国会 参議院 決算委員会 第3号
その記録の中にさしもの元兇の高橋正吉すらどうもひどいのは大橋だということを繰返して使用人に述懷しておつたということが明らかであるのを速記に載つておるのであります。そうして見ますると、事の実相はやはりこの最も仔細に御簾をかかげている大物というのは大橋君じやないか、こういうような感じを私は持つておるのであります。
その記録の中にさしもの元兇の高橋正吉すらどうもひどいのは大橋だということを繰返して使用人に述懷しておつたということが明らかであるのを速記に載つておるのであります。そうして見ますると、事の実相はやはりこの最も仔細に御簾をかかげている大物というのは大橋君じやないか、こういうような感じを私は持つておるのであります。
そのためにみすみす不当なる更正所得の査定に対して、服從しなければならないということがあるので誠に困るのだということを述懷しておりましたが、こういう点につきましてはどういうような処置をなしておられるか伺いたい。
そこで新米の職員などが默つている場合には淋しい感じがするという述懷をよく受けております。それから尚母子寮としては、面会や何かがあつた場合に、中に入つている母子がどこにいるんだかいないんだか分らんというようなことであつては、今度は田舍から來た面会人が不安を抱きます。そういう意味で私の方ではやはり出入りを断ることが、普通の生活上、又保護上必要であり、本人にも必要だと痛感しております。
でありまして北海道でも聞いた話でありますが、今お話のように樺太から引揚げた無縁故者の住宅並びにそれらの人に対しまする配給、そういうものが他の無縁故者或いは他の地区から引揚げて來たそういうものの間に、相当等差が設けられておるということで、まあこういう言葉がすでに樺太から引揚げて來た者が自分は本当の無縁故者であるということを主張したがために、特別なこういう厚い待遇を受けており非常に幸福であるといつたような自己述懷
○理事(岡部常君) 山上に大きな十字架を立つて夜でもよく見えるようにするとか、聖地を選んで自分の墓場を作ろうということも考えておられるそうですが、そんなことは述懷でお聞きになつたことはありますか。
實に婦人の態度というものは無禮極わまるもので、實に殘念だつたとこう私に述懷しておりました。 それで、話をばよく分る。この前も話があつたんですが、本會議でもお話があつたんですが、私がこの前も話したように、話すにも禮儀があるのです。禮儀正しく話合をすれば、それはよく分るのであります。
この間も申しますように、御承知のようにレーニンですら中途で悲鳴をあげて、手をあげて、そうして資本主義方式によらざるを得ぬと述懷して、いわゆるネツプという新經濟政策に後退いたしまして、そうしてまず生産の増強をはかるまでは資本主義方式によらなければならぬということで、そういう方式によつたのでありますが、先般そのお尋ねをいたしましたところが、商工大臣は、この法案は社會主義方式でもなければ、資本主義方式でもない
ここに日本の行政機構の缺陥があるのではないかというような述懷をしたことがあるのであります。この課長の述懷は、要するに増産の隘路は企業形態の内部のみにあるのではなくして、行政機構の内部にも潛在しているのだということを、はつきり告白しているのであります。私もまさにその通りだと思うのであります。
日本帝國憲法の発布によつて立憲君主國となつたが、伊藤博文公の憲法起草の述懷談を讀んで見ても、徳川時代の遺物を温存するに相当努めたことが分る。初期の衆議院議員選挙法のとき、直接國税金十五円以上と選挙権を制限したので、私の父などは東京市内の人家稠密の地の三百坪程の宅地の地主でありながら、僅かに二円程の地租が不足であるので選挙権を得られずに、不満の間に死亡したくらいである。